核兵器は非常に危険な兵器ですが、戦争を抑止する力も持っています。
核は攻撃するためだけの兵器ではなく自国を守るための保険でもあります。
かつてソ連とアメリカの冷戦時には互いに核実験を行い、緊張状態になりましたが、結局核兵器は使用されませんでした。
madという核戦略があり、どちらかが核兵器を使用しても、もう一方がそれを察知し報復攻撃が可能で、お互いが破滅するからです。
冷戦は核兵器の脅威があったからこそ、戦争を避けられたと思います。
このように国対国の場合は核の抑止力は有効だと思います。
今までは上記のように、核の抑止力はあると思っていました。
しかし最近、テロリストに核兵器が渡れば危険な状況になることを知りました。
国対国の場合はmad核戦略のため均衡が保たれますが、これがテロリストの場合、国家ではないため報復攻撃を受けても不都合な都市を持たないのでmadのような核戦略が成り立たないのです。
以前北朝鮮の外務官がアメリカに対してこのような発言をしたそうです。
「アメリカが我々を追い詰めるようなことをすれば、核兵器をテロリストに渡す」
このようなことが現実に起これば、アメリカは非常に危険な立場になるでしょう。
もはや核兵器は単なる戦闘武器ではなく、政治戦略の道具になっています。
この他にも、様々な側面を持つ核問題は、非常に複雑な事柄であり、議論するのがとても難しいです。
核保有を国際的に認められている国
アメリカ ロシア フランス イギリス 中国
核保有を表明している国
インド パキスタン 北朝鮮
核保有を確実視されている国
イスラエル
核保有、開発疑惑国
イラン シリア ミャンマー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E4%BF%9D%E6%9C%89%E5%9B%BD
2009年11月16日月曜日
2009年10月10日土曜日
2009年10月8日木曜日
2009年7月7日火曜日
”加害者と被害者の対立の谷間で、水俣そのものの存在が忘れられるという事態が起こったのです。
水俣病患者の支援者の大半は他所者ですから、「水俣病の水俣」には関心は抱いても「水俣病以外の水俣」には関心を寄せなかったというのが実情です。”
水俣再生への道 No.1
谷川健一 著
熊本朝日新聞社
授業やテレビで水俣病についてはよく聞きますが、肝心な水俣という土地自体には何の知識もない事に気付きました。水俣は、水俣病というとても恐ろしい公害が発生した土地として世界的にも有名ですが、そこには水俣病の歴史があると同時に水俣という町の歴史もあります。
ゼミで水俣に行く際には、水俣病について学ぶと共に「水俣」という1つの町としても注目したいと思います。
水俣病患者の支援者の大半は他所者ですから、「水俣病の水俣」には関心は抱いても「水俣病以外の水俣」には関心を寄せなかったというのが実情です。”
水俣再生への道 No.1
谷川健一 著
熊本朝日新聞社
授業やテレビで水俣病についてはよく聞きますが、肝心な水俣という土地自体には何の知識もない事に気付きました。水俣は、水俣病というとても恐ろしい公害が発生した土地として世界的にも有名ですが、そこには水俣病の歴史があると同時に水俣という町の歴史もあります。
ゼミで水俣に行く際には、水俣病について学ぶと共に「水俣」という1つの町としても注目したいと思います。
2009年6月10日水曜日
2009年5月27日水曜日
沈黙は金
ほとんどの日本人は、「沈黙は金」ということわざを耳にしたことがあるだろう。
ご存知の通り、「雄弁よりも沈黙の方が勝る」という意味だ。
この言葉は、イギリスの評論家兼歴史家であるカーライルの本に残されたもので、正しくは「雄弁は銀、沈黙は金」という。
日本にはもともと、言葉にしなくても伝わるのがスマートだという考え方がある。
「以心伝心」「ツーといえばカー」などというように、言葉にならない気持ちを読み取るテクニックが重要視されていた。
「沈黙は金」というフレーズはこの風土に合ったのか、次第に日本全国に広まっていったようである。
しかし、”言わなくても通じる”などという便利な世界は、日本以外には存在しない。
フランスでは「沈黙は同意」と言われている。
アメリカでは「沈黙は無能」とさえ言われている。
積極的に話をしないということは、その能力がないとみなされるわけだ。
また、日本人のあいまいな微笑みも、ときに外国人に気味悪がられることがあるようだ。
日本人の微笑には「察してくれ」と相手に要求するニュアンスがあるが、文化の違う国に生まれ育った人々には、そんな気持ちは伝わらない。
自分が何を考えているかは、言葉にしなければ伝わらないのである。
タイトル:世界トンデモ常識
編者:トンデモ常識研究班
出版社:彩図社
出版年:2007
ページ:180~181
ご存知の通り、「雄弁よりも沈黙の方が勝る」という意味だ。
この言葉は、イギリスの評論家兼歴史家であるカーライルの本に残されたもので、正しくは「雄弁は銀、沈黙は金」という。
日本にはもともと、言葉にしなくても伝わるのがスマートだという考え方がある。
「以心伝心」「ツーといえばカー」などというように、言葉にならない気持ちを読み取るテクニックが重要視されていた。
「沈黙は金」というフレーズはこの風土に合ったのか、次第に日本全国に広まっていったようである。
しかし、”言わなくても通じる”などという便利な世界は、日本以外には存在しない。
フランスでは「沈黙は同意」と言われている。
アメリカでは「沈黙は無能」とさえ言われている。
積極的に話をしないということは、その能力がないとみなされるわけだ。
また、日本人のあいまいな微笑みも、ときに外国人に気味悪がられることがあるようだ。
日本人の微笑には「察してくれ」と相手に要求するニュアンスがあるが、文化の違う国に生まれ育った人々には、そんな気持ちは伝わらない。
自分が何を考えているかは、言葉にしなければ伝わらないのである。
タイトル:世界トンデモ常識
編者:トンデモ常識研究班
出版社:彩図社
出版年:2007
ページ:180~181
2009年5月5日火曜日
沈没船ジョーク
国民性をあらわした有名なジョーク
とある巨大豪華客船が氷山に接触、沈没しかけている。 脱出ボートの数よりも乗客の数が圧倒的に多い。 女性、子供、老人客を優先させると残りの男どもには厳寒の海に飛び込んでもらうしかない。 船長は、スムーズに海に飛び込んでもらうため男達に次のように言った。
イギリス人には 「紳士はこういうときに飛び込むものです」
ドイツ人には 「規則では海に飛び込むことになっています」
イタリア人には 「さっき美女が飛び込みました」
アメリカ人には 「海に飛び込んだらヒーローになれますよ」
ロシア人には 「ウォッカのビンが流されてしまいました、今追えば間に合います」
フランス人には 「海に飛び込まないで下さい」
日本人には 「みんなもう飛び込みましたよ」
中国人には 「おいしそうな魚が泳いでますよ」
北朝鮮人には 「今が亡命のチャンスですよ」
このジョークであらわした国民性は、勝手な先入観もあると思うが、日本人に関しては的を射ているなと思った。
とある巨大豪華客船が氷山に接触、沈没しかけている。 脱出ボートの数よりも乗客の数が圧倒的に多い。 女性、子供、老人客を優先させると残りの男どもには厳寒の海に飛び込んでもらうしかない。 船長は、スムーズに海に飛び込んでもらうため男達に次のように言った。
イギリス人には 「紳士はこういうときに飛び込むものです」
ドイツ人には 「規則では海に飛び込むことになっています」
イタリア人には 「さっき美女が飛び込みました」
アメリカ人には 「海に飛び込んだらヒーローになれますよ」
ロシア人には 「ウォッカのビンが流されてしまいました、今追えば間に合います」
フランス人には 「海に飛び込まないで下さい」
日本人には 「みんなもう飛び込みましたよ」
中国人には 「おいしそうな魚が泳いでますよ」
北朝鮮人には 「今が亡命のチャンスですよ」
このジョークであらわした国民性は、勝手な先入観もあると思うが、日本人に関しては的を射ているなと思った。
2009年4月27日月曜日
お世辞、謙遜
お世辞は日本以外の国でもあるのだと思った。
外国でも謙遜することはあるらしいが日本に比べて少ないようだ。
日本人の謙遜はやはり、日本の文化や日本人の気質からきていると思う。
昔から日本人は控えめで、へりくだって人と接してきた。
日本では自分の事を自慢したり横柄な態度をとることはあまり良しとされない。
なので、自分の立場を下に下にと持っていき、相手を敬い立てる。
相手を敬い立てようとお世辞を言うと、ほめられた側も同様に自分の立場を下にするために、謙遜する。
このように相手を敬まったり、控えめな日本人の気質からお世辞、謙遜が他国よりも多くなったのではないかと思う。
ディスカッションで、外国では自分の家族のことを「うちのバカ息子が~」などと謙遜することはないと聞いた。
しかし日本ではよくあることだ。
先ほども述べたように日本では自慢することはあまり良しとされない。
これは自分以外の家族のことでも同様だ。
日本では「うちの息子は優秀なんですよ~」というより「うちのバカ息子が~」とへりくだったほうが相手は違和感を感じない。
「うちの息子は優秀なんですよ~」と話すと相手は「親バカか?」などと思ってしまう。
日本人は自分は相手にどう思われているかを気にする。
よって、相手の機嫌をうかがうのであまり積極的ではない。
この延長線から日本人は外国人に比べ、全体的に控えめな性格の人が多い気がする。
外国でも謙遜することはあるらしいが日本に比べて少ないようだ。
日本人の謙遜はやはり、日本の文化や日本人の気質からきていると思う。
昔から日本人は控えめで、へりくだって人と接してきた。
日本では自分の事を自慢したり横柄な態度をとることはあまり良しとされない。
なので、自分の立場を下に下にと持っていき、相手を敬い立てる。
相手を敬い立てようとお世辞を言うと、ほめられた側も同様に自分の立場を下にするために、謙遜する。
このように相手を敬まったり、控えめな日本人の気質からお世辞、謙遜が他国よりも多くなったのではないかと思う。
ディスカッションで、外国では自分の家族のことを「うちのバカ息子が~」などと謙遜することはないと聞いた。
しかし日本ではよくあることだ。
先ほども述べたように日本では自慢することはあまり良しとされない。
これは自分以外の家族のことでも同様だ。
日本では「うちの息子は優秀なんですよ~」というより「うちのバカ息子が~」とへりくだったほうが相手は違和感を感じない。
「うちの息子は優秀なんですよ~」と話すと相手は「親バカか?」などと思ってしまう。
日本人は自分は相手にどう思われているかを気にする。
よって、相手の機嫌をうかがうのであまり積極的ではない。
この延長線から日本人は外国人に比べ、全体的に控えめな性格の人が多い気がする。
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